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その他:■蘇集の漁村の保育所  ■これだけは止めて
※ 更新日 2002年月11月22日


小倉城

里帰り風景
_/_/2001/10 _/_/
4ヶ月経過地点は、北九州の小倉で迎えました。

6月あわただしく上海に行ったから、残務整理が残っていて整理の山。
しかし
帰って毎日寝てばかり。空気と水がが気持ちいいのってなんのって。自分はこんなに怠けものかと思う程、寝ている。



門司港レトロ


里帰り風景
日本で昔の話を聞いた。
70年万博の年。
M子が、ヨーロッパに行った。まだ持ち出しが10万円。Nさんが60年就職したとき、日本の大卒初任給が24,600円。今のレートで1,640元か?!すると今の上海より低い。東京5輪が1964年。これから上海が日本のように発展しても不思議はない。戦後先進国になれたのは、日本とシンガポールだけ。今上海のテンポと人材を見ていると上海はやれそうだと思う。そのとき日本はどうなっているのか?どの企業が残って、どの企業が淘汰されるのか?これから日本はどの方向を目指せばいいのか?もし子供がいたらどう育てようか?確固たる解答がでない。

北九州に帰ってあまりのヒトのいなさに驚いた。
通りにヒトがいないのだもの。町はゴースト化とまではいかないけれど、店を閉じた店舗もぽつぽつあり歩いているのはお年寄りばかり。でも、そこそここ綺麗な格好し車も新しいのが走っている。豊かだわ。そう思った。(勿論、真の豊かさとは違う。)上海も年寄りが多い。どこから湧いて来るかと思うほど、広場があれば年寄りが体を動かしている。若いヒトも多い。「もう人混みはいらないよ」と思うほど人並みがと切れることがない。うんざりするけれど活気がある。かたや北九州の活気のなさ。自然もないのにこの静けさ。荒れた感じはしないのが救い。ここでの生活を捨てて泳ぎ出したのだから、
私は前に向いてトライするしかない。

今回の経験で、人間最後までするべき「仕事」があるものだ、
しかも最終は1人で対決してゆかなければいけない、とつくづく思える。とはいえ心置きなく話せるヒトや、優しいヒトにも出会えてほっとしている。よおし、頑張るぞ、また、そう思えるようになってきた。


関門トンネル入り口

里帰り風景

■もう3週目になった。
ほんとにごろごろしているうちに過ぎていった。日本で生徒に会えたり
TELで話せたり。また勉強会に参加したり、食事をしたり、いつもの日曜日のように過ごしているうちに、ここにずっと暮している感覚になった。そうすると、あっちの生活って、一体何なんだ? とか、行く前に考えていたことなど鮮明に思い出した。

時は前にしか流れない。
これだけが動かせないこと。うまくはいえないけれど。とにかく(人生の最後は)どんな“着陸”をするか?これが今の最大の課題。最後まで、生きていたい、バカンスでなしに。そのために上海に行ったんだ。


平尾台
10/17/2001
♪お休みモードの4ヶ月目でした。♪

次回は誕生月です。予定では、誕生日にあの大前さんと上海でオフ会です。さて?北九州でお会いしたり、お話してくださった、皆様がた、ありがとうございました。心から、勇気つけていただきました。次のクオーター(3ヶ月)も頑張りまーす!!また。助けてくださいね。


若戸大橋


里帰り風景

もう5ヶ月。
早いぞ。今度の生活は、余裕がある。

3週間も日本に帰ると、きっと上海に戻って適応するのが辛くなるだろうと予想して帰った。これとはうらはらに今回は楽。同じもの見てもゆとりがある。チョッと調子に乗った隙に怪我してしまったけれど、下町の人と仲良くなることに快感。コンビニのおばさん。(財布忘れてまた持って行っただけで急に表情変えて余計喜んでくれる。)以来、私も挨拶している。食堂ほか、美容院、みかん買うとき選んでくれるお姉さん。今日のタクシーは中国語を教えてくれた。親切。

こちらが無力だと知ると、ころりと態度をかえて親切になる。私も北九州にいる時みたいに生意気(ここで同感しないように!)でなく、ここに居させてもらってます、何も言えず理解できずあほな私ですが、よろしくめんどーみて!!という態度だからか凄く親切にしてもらえる。
何か言われても「わかんなーい(勿論これは、中国語で)」と言うと「そうか、わからないのか、お前!」とばかりに、がぜん「俺(私)に任せなさい。大丈夫!」となる。とにかく敵ではないなこいつ、とわかると何より表情が暖かくていい。この変わりようが大袈裟。子供みたく単純でわかりやすい。過剰といえるくらい親切。

会社の人で、セクションが違うので、これまで話をしなかった人達と、接することになった。会っても知らん顔か、さっとすれ違うだけだった。それが、ひとたび懐にはいると、超!親切。能率みたいなことに過敏でないからか、時間と手間がかかっても                                                            

●日本だとそこまでしてくれないよな、というとこまでつきあって教えてくれる。そしてちょっとしたことに表情が冷たくない。厭な顔しない。うちの会社はこちらでもほんとに優秀な大学卒の人が多い。競争社会の初期ってこの暖かさとすれていない素朴さとゆとりがあるのかなあ?(仮説段階で)ちょっとまだ良くわからないけれどそう感じる。外国人に対してだからか?