| その他:■蘇集の漁村の保育所 ■これだけは止めて | |
| ※ 更新日 2003年月01月01日 | |
![]() ![]() ボケていますが、上海ハイアットが、元日に2003という数字と、新年好と文字を描いていました。時々こういう文字がでます。万博が決まった時もでました。・豫園は日々、不夜城のごとくネオンずくめになっていきます。 ------------------------------- 以下はちょっと前2001年冬のクリスマス飾り。アパートと会社ビル。 ![]() ![]() ![]() |
2003年 皆様、あけましておめでとう。 といってもこちらは1日の休日のみ。やはり旧正です。 昨夜は、日本人宅U山邸で4人。ワインと「パエリアで紅白を」年越しをしました。 BS1、2がはいるので、TVをつけその空間にいると日本に居るのと同じ感覚。 Sonyの彼女は(33歳)ホテル式のAPで広さは1LDK、70uus$1400−1600の価格帯、勿論家賃は会社負担。現地採用。掃除は2回/週ですって。 一人では十分です。 場所も人民公園から近い中心地ですから便利。 帰りはタクシーは混んでいて拾えません。私は近いので歩いて帰れました。 他2名は浦東と、静安寺付近。まあ中心部です。 年齢構成は33歳の彼女と大学同級生の男性U田君、外大の中国語科卒。 年輩の男性は、たぶん私よりはすこし年上で、安保闘争の時代が学生か? パエリアを作ってくれました。 こちらでこんな新鮮な生野菜の山羊のチーズ入りサラダを口にできたのは初めて。 また本格的なパエリアも初めてで、嬉しかったですね。 食材は、古北あたりの一箇所では手に入るようです。 烏賊は刺身用を買ったよ、というだけあって美味しい。 こちらのスペインレストランではまだまだこれよりまずい。 剣道を(ボランチィアで)教えています。彼女は弟子。 U田君は来たばかりですが、中国が好きだし日常語は既に出来るので適応が早いです。 紅白は、日本暦の新しいU田君の解説なしには若い歌手のことはわかりませんでした。 こんな年越しをしようとは、今年の初めは考えられなかったとU田君。 彼はパソナに履歴を送って自らこちらに来たようで、今は工場で日々チョコにまみれているようです。 ISOの取得はしていても、思わぬところでえっ?と日本の常識を欠くことに驚中国の工場体験を3週間前に(このときは我が家で外灘「夜景で夜景酒を」した時のことですが)話していました。やはりこちらで生の中国を膚で感じています。 年配の、本日のパエリアのシェフは、アパレル会社経営。若い頃は、フランス初め欧、はたまた南米にも行っていたようでした。お部屋の主は2年くらい前に北京から上海に来たのですが、北京も長く流石に中国語が、つまり標準語が上手くて、日本語のうまい中国人に間違えられます。 私は、旅行レベルではあちこち行っていたし、行けばそのあと関連の知識は興味の範囲で集めていたので、まあそこの国がどんなかはわかる。だから日本しか居なかったわりに、たいていの話には困りません。昨日は、日本は愛国心がない、宗教がないというような話が他国比較ででました。また何故そうなっているのかとか、過去は日本って良かったのにとか。 特に新しいテーマではないけれど、国としての根幹部分なので、やはり日本って変よ!と、 不安に感じるのは確か。今に始まったことではないけれど、国とは何かということをも っときちんと教育するべきと感じるますね。 さて、こんど旧正でまた日本に帰って、その間に旅行します。 やっとそんな気分になれたとこ。短くいけるとこでDubaiです。 理由はエミレーツに乗りたかったのと、 Dubaiが石油の後、(日本と違って)どうやって繁栄の仕組みを作っているかを直に知りたいから。それと今はまだ買えないけれど、買い物天国で山のようにウィンドウショッピングしたい。これは在上海の反動。清潔なでおしゃれな近代都市に飢えています。 また。おもこ _ |
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