プロフィール
福岡県北九州市出身
津田塾大学 学芸学部 数学科卒 後、御茶ノ水大女子大で発達心理を、九大で臨床心理を学び
児童発達相談・臨床心理カウンセラー、高等学校講師、塾自営。
時代にあった視点を鍛えるため、2001年6月上海菱通軟件技術有限公司へ就職

旅行が好きでヨーロッパ各国、中東諸国、USA、中南米、マレーシア、シンガポール、モンゴルにモロッコと、その他多くの国を歴訪
上海に関心のあるかた、お遊びに来られるかた、
またはomokoのアパートから夜景が見たいかたはmail.
その他:■蘇集の漁村の保育所  ■これだけは止めて
※ 更新日 2002年月08月25日                              (関連)


我が家から見る上海の新旧です。下町の古い密集家屋と豫園と、河をはさんで(黄浦江)向こうが、21cの街、浦東です。

この風景は上海のすべて象徴してると思います。
2002/07 撮影
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■6/3の日曜日に来て、もう5週も過ぎてしまいました。
来たときは梅雨が明けていませんでした。梅雨時期は寒い日もあったのですが今は暑い夏の到来です。

1週間をサイクルに、毎日無心で通っていた様に思います。1週目は、部屋探し引越し。とりあえずスーパで即いるものを。
どこになにがあるかを教えてもらい・・。

2週目は体調調整と通勤のルートを確保。どこから乗って降りて。帰りはこうしようとか、まあ新入学生の気持ちを再体験しています。

会社では若い人の集団ですから、つい自分もその気になってしまいます。何度目かの青春時代のような新鮮さ。新米になって教えてもらっています。

6月末から梅雨明けしたと思います。暑い暑い夏の始まり。今日は雨で。気温も落ちてほっと一息。6/29には畳の部屋にカビが生えて・・もう、どうしようかと思いました。
(通常こちらの住まいは畳なんぞありません。) 




同じく夜景
2002/07 撮影
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■この街は奇妙な街。
一見すると超先進国のようなビル街ですが、ちょつと裏にいくとひどい貧乏。この格差の激しいところです。北京もそうだとおもいますが。

まあ、逆にあまりに均質な日本が変でこれがむしろ世界では、どちらかといえば当たり前に近いのかもしれません。

●よく目に付くことに、いわゆるルールを守らない。
(というか、上海ルールがあると思うのですが。)道路はさっさと渡る。信号は関係ない。結構わがまま?=自分を通す。愛想が悪い。よく文句をいう。(なんていっているかわかんないですがたぶん・・文句)かかあ殿下。よそ者は高い買い物させられる。配達などになると悪いものを送ってくるなどがあるみたいです。 


要は自分をしっかり持っていないと、押しのけられるし、先に抜かされてしまうし・・・。
と、そう聞いていたのですが、わたしは幸いにして、良く気がついて思いやってくれる人たちの中にいて、これまでのところぬくぬくしていられます。あまり厭な思いはしていません。




向こうが高層の新しい上海、真中が、古い密集家屋、手前が、建築中の
高級マンション。
2002/07 撮影

まず社内:

というのも、会社はIT業界だから大卒ばかり。受付事務にいたるまで。だから、いわるゆる変なひとがいないのです。一般世間とは多少違うようです。

●日本語もよく学ぼうとします。
わたしが中国語を覚えないのに対して、ここの人は新しい言葉はすぐ使えるようになります。たとえば「お先に」といって帰ると「お疲れさま」というのだと習い、もう次には使えます。私が「また明日」を言える様になったのはかなりあとです。こちらの謝謝に対し「どういたしまして」もすぐ出ます。暇を見ては書く練習をしています。

●会社自体が変化しているので、
フロアーを増やしたり、変わったり、新しいひとが入ったり。6月に机の前にいた人が東△に変わって、7月から隣に大○=ダイ○クという自動倉庫の大手にいた人が来ました。この2人が例外的に年齢が高く私と同じ?世代です。日本語ができます。東△に行ったひとは新□鉄がはじめて中国に来たとき、85年?から日本関連にかかわっていたそうです。それから、日本領事館、日本の繊維会社のたちあげからオペレーションまで。その後今の
PCの導入に。今度の隣の方は、66年高卒であの文革にかかり、12年間農村工場で労働。78年再び大学へ。奥様は50歳で定年ですって。こちらは50定年。(????なんともいえない気持ちです。わたしはこれで定年したら、何をしてきたのだろうと思います。まだこれからと思っているのに。) 



自宅マンション



室内
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■住居:

●ここは、新しい高層マンション郡です。
庭があって入り口にガードマンがいて、いちいち門を開け閉めします。33階建て、4棟。各棟に入るのにまたガードマンがいてオート?ロックを解除します。何かしらいつも掃除の人・修理の人がいて、拭いたり掃いたりしています。ごみは各階で(6世帯)毎日24時間出せます。しかし溜まっていたことがありません。人件費の問題でしょうが、やたらと人手がかっています。修理もしょっちゅう。

●内装は個人が好みでするようで、様々です。
何処も内装はしゃれていて、なんとなく北欧っぽいいい感じです。インテリアはIKEAが圧倒的人気。オールド中国から、いきなり北欧チィツクという変化のギャップは、なんだか奇妙。しかし日本のS30年代のダイニングキッチンもそのようなものだったのかも?


●曲さんは ※(社長なんですが社内では名前を呼ぶのが普通です。チェックのシャツにノーネクタイというシリコンバレー的スタイル。そういえば今日彼のTY放送があるからよろしくという社内メールがきていました。※最近知ったのですが、お母様がレニグラードに留学なさった生物学者でお父様は航空機の設計。彼、本人もノーベル賞を取ろうと留学したとか。彼の理解と決断の速さには驚きます。そばにいると凄いなと感じます。しかしなんとも忙しい。)開放政策の第2回の政府国費留学生で、住いはその同期の友人のもの。北京と東京と上海に会社があり、やはり200名ほどの社員。その彼は今在東京。日本市場上場しました。
高級感のある住いです。契約時に来た秘書に聞いたところでは、100万元くらい=1500万円だそうです。多分内装代は別料金だと思います。





会社前の交差点

通勤路:

●梅雨で雨が多い。
はねがつくと洗濯しても落ちない。雨の日は、汚れてもいいものを!!
しかも歩道が危ない。なぜなら道路の水はけが悪いから、そこへぶっ飛ばした車がくるとものすごい泥ミズがかる。水着を着てればよかったと思うほど。池のような水溜りがあって、靴は痛む。晴れた日がこんなに歩きやすいとは?!さすがこんな思いは日本ではしませんねえ。暑くなると今度は頭上に注意、冷房中の水が落ちて来まーす。

バスやタクシー(このごろは何台かは新しい。)は壊れているか思うほどのボロ。しかしこの程度は海外では珍しくはないです。

バスは間違いなくぼろ。
(APEC用に新しいのをその路線だけ入れるらしい?――この国が良く使う手)
地下鉄は超近代。
新しいインフラは最新です。しかしぼろバスにも
地下鉄共通のICカード(かざすとお金がカードから落ちるというあれ!)がありま
す。このアンバランスが、this is SHANGHAIでしょうか!

●工事が多く、道路舗装、ビル、公園、店舗改装は日常。道路の新しくなったところは電柱が地下に埋めてあります。勿論ブロ−ドバンドも。町並みが変わるのが早い。
日本みたいな無意味は道路工事は、やってるどころじゃありません。


アパートから見る古い町
そのうち壊される運命


近代ビル
(会社の人の新居)
■新旧:

●92年から、先進国になろうと変化をはじめたので、
新旧が混在しています。だから、いつのことかを聴かないと、もうすでに変わっているということが多いです。

駐在人の奥さん=32歳くらい・子供無し、によると、半年前とすでにもう違うといいます。外車が増えたと。
1年前にと比べる人は、コンビンニがあっという間に増えたと。保健所も立替。

95年頃いた人は、100元札=今1500円くらいが当時は外国人が出すのがためらわれたが 今は普通にこの程度は中国人も使う。(東レ女のひとによる。95年に大卒後上海に1年間語学留学。しばらく中国か無縁で、今はこちらと日本を行き来。)  

●こちらで1万元稼ぐといえば(外資系)
つい前までは驚かれたがいまはそうでもないと。(会社の人、30前後の女性による。彼女は日本に6年いた。すごく日本語がうまい。横川、富士通・・でソフト関係をしいていた・・) 


平均が意味をもたないここ。50歳代はITも使ええず外国語もできないから、1000元くらいしか稼げない。子供は英語をやってPCがつかえるから、その一人分が、ほかの家族全員より多いというのは珍しくないよと。日本に6年いた、会社の男性32くらい。横川、日立、・・など)

●人民広場を通って帰るのですが、こぎれいなので喫茶店かなとおもっていたらそれはトイレでした。もうあの例のトイレは、都市では過去のものに?ごみ箱も整備され、この人込みのわりにごみは多くありません、表通りですが。清掃をよくしています。犬猫の類が一ぴきもいません。ペット以外は。しかもペットはいかにも愛玩用しかみません。






広場さえあれば朝はこんなふうにそれぞれで健康体操している
今日も面白かった。昨日もおもしろかったこれは、先週の日記の冒頭です。住むにあたっての、まだ何かしらの発見があるからです。

●地場の人もいたって親切にしてもらっています。

1)夕飯を主に食べるところを決めたのですが、そこではなかなか笑顔が気持いい。なまった英語でなんとか素材を教えてもらって、たまには絵をかいて頼む。最近は人の頼んだので良さそうなのを、メニュを書いてもらって、または推薦してもらって、翌日それを注文するというはこび。はじめは1人の娘しか(田舎出身。)英語を話さなかったのに昨日は別の子も(始めは全然できなかった)英語話すから驚いた。あなたの英語うまくなったねえと言うと わたしが中国語でおいしいよといったので あんたの中国語もいいよと逆にほめられて、笑っちゃうよ。

2)近くの按摩。2回目のとき。まったく通じないで大笑い。で、こんな汚いことでも日本人がくるのか、日本語の需要があるらしくメモをもってきた、こんにちは、に始まって。3回目は、店に近付いたらいきなりドアをあけ「いらっしゃいませえ!!」と景気よく。まあ進歩。どこでこんなサービス習ったか?ここも顔覚えてくれて結構おもしろい近場。

という感じで、下町のthe中国 でも、あんまりいやな目にあっていないのです。

3)ここの管理の人。重い荷物もっていたら、すぐはこんでくれる。言葉がわからす、水道ガス電気代を、どうして払っていいかわからないので管理事務所にいったら、言葉では無理がから、部屋にきて見せて!というと、丁寧におしえてくれる。ジェスチャーなんだけれど、わかるのです。

あと 地下鉄の飲み物売り場のおばちゃんとの話とか、結構その場その場で笑えることがあるのです。豫園・老街に近いから、散歩して休憩にちょっと香港の観光客と話たりと、土日はまあまだ半分観光客モードです。